2026年 12月の法語・法話

わたしは 出会った人の数だけ いのちの輝きに出会ってきた

I have encountered the subtle spark of life many times― I see it in every person I have encountered.

祖父江 文宏

法話

このお言葉は、祖父江文宏先生の『悲しみに身を添わせて』という本の中にありますが、それは間質性肺炎という難病を抱えて、もう間も無く自分は間違いなく死ぬだろうということに直面されて、「自己とはなんぞや」と深く問われた中から出てきたものです。そして実際にその2ヶ月後に62歳で逝かれました。

これを読んで、私はしみじみと父のことを思い起こしました。もう40年も前、私が大学生の時に、父は53歳のまだ働き盛りの時に食道癌であることが判明し、余命1年と診断されました。その時の父の心境は如何ばかりであったか......。それから痛々しい凄まじい闘病生活が始まったのです。その間父は、病床でたくさんの本を読み出しました。もう間もない自分の死をじっと自覚して、何を思ったであろうか......。母は最愛の夫が死ぬということを受け止めきれずに泣き通しでしたが、父は愚痴めいたことの一つも言わず、「自業自得や」、「人生はケセラセラや」というようなことを申しました。

そして、いよいよ再入院となって個室に入ると、母と私と弟が交代で泊まり込み、夜通しで父を看病しました。3月3日の夜から、私が泊まり込みました。朝方、帰り際に父は私の目をジーッと見て、こう言いました。

「幹、ありがとうな」。

これが別れの言葉となりました。その夕刻、父は息を引き取りました。従容と自分の死を受け入れた父の最期の態度は、何か明るいものさえ私には感じられました。まさに父のいのちは輝いていました。

この、父が自分の命と死を見つめての最期の1年の生き様・態度は、思わず知らず私に大きなものを残してくれました。それは身をもって「お前もこうして死ぬぞ」ということ、つまり今生きておるということは、必ず終わりがあるということ、生死無常の理に私をおのずから目覚ましめたのです。

そして、不思議にもこの只中から、この状況を知った大学の先輩が「名倉にぜひ紹介したい人がいる」とのことで引き遇わせてくれたのが、加藤辰子さんという老婦人でありました。初対面の時から、何か輝いていらっしゃるその人物の光と力に自然と導かれて、私はその加藤さんを貫いているバックボーンである真宗の教えというものを自分も聞きたい、と思うようになっていきました。不思議にも私に「聞法生活」が開かれ始まったのです。

この法語の次に、祖父江先生はこう書かれています。

いのちの輝きとして、関係の中で働くものこそ、わたしには仏です。

まさに私にとって、父や母、加藤さんはじめ数えきれない人たちは、その人をその人たらしめている「いのち」のはたらきとして、この私を真実に育て上げねばおかん、と。いつ死ぬかもしれないからこそ、生も死も限りない不可思議な「いのち」のはたらきを今こうしていただいているんだぞー、という深い願いを常にかけてくださっている仏様でございました。

父のいのちの輝きは、現に今も、私の生死の大問題、後生の一大事に「南無阿弥陀仏」と優しく語りかけています。

名倉 幹(なくら みき)

1962年生まれ。北米開教区開教使。ニューヨーク在住。
ハワイ開教区ハワイ別院衆徒。

  • 東本願寺出版(大谷派)発行『今日のことば』より転載
  • ※ホームページ用に体裁を変更しております。
  • ※本文の著作権は作者本人に属しております。

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