2020年 表紙の法語・法話

 悲しみの 深さのなかに 真のよろこび がある

Within the depths of sorrow there is true joy.

瓜生津隆真(うりゅうづ りゅうしん)

法話

 お母さんは突然亡くなった。弘子の3歳のお誕生日から年末年始と、楽しい日々がまだまだずっと続くように思えた1月8日。博多にはめずらしい積雪の日のこと。早朝、お父さんを勤め先へ送り出して、一緒におでかけする予定だったのに、お母さんは「ちょっと気分が悪か」とお布団に横になったきり、もう二度と動くことはなかった。突然の脳内出血。即死状態だったそうだ。当時の弘子にはまだ死ということがわからなかった。ただじっと、お母さんが動くのを枕元で待っていた。

 そのうちに喉が渇いてきた。何か飲みたいとお母さんを揺り動かしたが、まったく動く気配がない。流しの蛇口も弘子の背丈では手が届かない。周りを見渡すとちゃぶ台に水差しがあった。「お母さんも飲むかなあ」コップに移してまず自分が飲んだ。もう一杯お母さんの分も入れた。「入れたよ」とお布団を引っ張ったが動かない。やがてお腹も空いてきたけど、見えるところに食べるものは何もなかった。

 朝起きる。用を足す。顔を洗う。お着替えをする。ご飯を食べる。おでかけする。遊ぶ。ご本を読む。お片付けをする。お風呂を焚く。お布団に入る。寝る。すべてがお母さんと一緒。あたりまえのように過ぎていた弘子の日常は、昭和十四年一月八日で突然止まってしまった。

 弘子は、佐賀に住む祖父母の家で暮らすことになった。祖父母はとても優しく、弘子を大切にしてくれた。
 「お母さんは仏さまになんしゃったけん、もう見たり触ったりはできんばってん、弘子の中にはちゃんと仏さまでおってくださる。お母さんの弘子を呼ぶ声ば覚えとうね? その声ば思い出してんごらん。いつでも弘子と一緒やけんね」
 お父さんと離れさびしかったが、心の中でお母さんがいつも一緒と思うと、温かい気持ちになることができた。

 祖父母は、人さまから何か物をいただいたときは、いつも必ずお仏壇にお供えをした。
 「まあ、こげん良かもんばくださって、さっそくお供えさせてもらいます」
 仏さまにありがとうと手を合わせながら、祖父はいつも、「弘子んお母さんにありがとうば言えんかったけんね、しっかりありがとうば言おうね」と、手を合わせていた。弘子も祖母も一緒に手を合わせた。

 手を合わせる生活を大切にする中で、弘子はやがて、お母さんが一緒にいてくれたことが、あたりまえのことではなかったんだと気づかされた。お父さんがいてくれることも、祖父母がいてくれることも、近所の人、友達がいてくれることも、弘子を取り囲むご縁は、すべて感謝すべきことばかり。それ以来「ありがとう」が、自分の人生をよろこびへと変えてくれる言葉になった。

 弘子にとってお母さんが死んだことは、つらく悲しい出来事に変わりはない。けれどお母さんは仏さまとなって、人生で本当によろこぶべきことが何かを教えてくれた。
 これを一生大切にしようと思う弘子だった。

荻 隆宣(おぎ りゅうせん)

浄土真宗本願寺派布教使、仏教青年連盟指導講師、グラフィックデザイナー、山口県長門市浄土寺住職。。

  • 本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載
  • ※ホームページ用に体裁を変更しております。
  • ※本文の著作権は作者本人に属しております。

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